1987年10月10日に土曜ワイド劇場10周年記念特別企画として放送されたサスペンスドラマ
原作:和久峻三「仮面法廷」
脚本:橋本綾
演出:池広一夫
玉木:露口茂
美樹:岡江久美子
上村卓:京本政樹
田川:名古屋章
大登:鈴木瑞穂
法廷小説の第一人者として名高い和久峻三氏の同名小説(江戸川乱歩賞受賞作:角川文庫、講談社文庫刊)をドラマ化。
製作者側の、映像化への長年の夢が叶ったこの作品は、1977年に始まった「土曜ワイド劇場」10周年記念SP企画、第三弾として放映されました。
巨額の土地売買を巡り、契約当日に突然現れた、売主の妻を名乗る女性がそのまま 契約金を持ち逃げする事件が発生。売主である上村に妻はおらず、妻と名乗る女性と対面した当事者達は、一様に「黒いサングラスをかけた和服の美人だった」と 口を揃えるばかり。困り果てた上村は契約を仲介した不動産会社社長・田川(名古屋 章) とともに、弁護士の大登(鈴木瑞穂)にこの事件の告訴を依頼する。
ところが、それからしばらくして、大登が殺害される事件が発生。被疑者として大登の妻であった美樹(岡江久美子)が逮捕された。
しかし、美樹の供述には辻褄の合わない点が多く、また、大登が田川と面識があったことから、玉木(露口 茂)は先の土地売買に関する事件と関係があるのでは?と睨む。
そんな中、今度は田川が自宅で自殺する事態が発生。事件当日、田川とともに帰宅する黒髪の若い女がいたとの目撃証言から、玉木の前にまたしても謎の女の存在が浮かび上がる。
果たしてこれはただの偶然なのか?それとも……。2つの事件の陰で暗躍する謎の女とは……?
この作品で京本さんが演じたのは、恋人と共謀して偽の不動産売買で大もうけを企んだ挙句、殺人を犯してしまう上村 卓(うえむらたく)。ハイ、今思いっきりネタバレをしてしまいましたが、そう犯人役です。 今でこそ2時間ドラマに京本さんが出演、というと世間では、「また犯人か殺される役でしょ?」という先入観がありますが(^^ゞ、現代劇に本格的に出演し始めたこの頃は、この作品の数ヶ月前に 放映された『渡された場面』での下坂一夫役同様、京本政樹またまた悪役に挑戦!?と話題になるくらい、新鮮な印象でした。
実はこの時期、「塀の中のプレイボール」を始め、やけに”とある扮装をする”系の役の話がきていた京本さん。最初に製作サイドから、『京本さんに是非やって頂きたい、京本さんにしか出来ない』と言われた時点で ピーンとくるものがあった(笑)という予想通り、この作品では事件の重要な鍵を握る”謎の女”として、恐ろしく艶かしい女装姿を披露されています。
当初は、立て続けにこの手の役を演じることによりイメージが固定してしまう、と引き受けるかどうか迷っていた京本さんでしたが、製作サイドの『君がいなければこのドラマが作れない』という一言が決め手となり実現しました。
渋い鴉色や色鮮やかな藤色の着物に「DESIRE」を歌っていた時の中森明菜のような、見事な黒髪の長めのオカッパ頭、黒いサングラスと真っ赤な口紅・マニュキアで登場する”謎の女”こと雪江。 ドラマの中での雪江としての登場シーン自体はすごく少ないのですが、優雅な身のこなしと、匂い立つような色香は一度目にしたら、決して忘れられないくらいの妖艶さ。
特にクライマックスでの上村 卓=謎の女のからくりを玉木に説明され、何とも色っぽく気だるい仕草・口調で「お見事お見事」と言うシーンでは、 そのあまりの見事さにそれ以降、しばらく撮影所内で「お見事お見事」が流行してしまったというエピソードがあるほどです。
もちろん、女装以外の本編でも色々見どころいっぱいです。当時の爽やかなのにどこか翳を持つ、少年ぽさと青年の色気が同居した独特の魅力が、上村 卓という一癖も二癖もある役に 見事に嵌り、笑っているときでさえ、何とも言われぬ寂しく妖しげな雰囲気を醸し出しています。
中でもハッと目を引くのが後半の自供するくだり。時折、親指で唇に触れながら切々と自身の夢を語る姿に、思わずホンモノでは?と思わせてしまうほどの女々しさと 夢破れた悔しさが滲む表情・声音がたまらなくイイです。
土地売買のカラクリと謎の女。自殺に見せかけた密室殺人のトリックなど、推理モノとしての魅力もたっぷり味わえる、丁寧な造りが魅力です。全体としてはやや地味な仕上がりながらも、主役を演じられた 露口さん同様、渋い味のある作品です。
文:紫苑
1987年8月21日に金曜ロードショー特別企画、24時間テレビドラマスペシャルとして放送されたドラマ。
もし、幸せの絶頂である日突然、自分の身体が全く動かなくなってしまったら……。あなたならどうしますか?
そんな究極の問いかけをするほどの体験を綴った、元・準ミスインターナショナル、戸沢ひとみさんの著書「一年遅れのウェディングベル」。
これを日本テレビが24時間テレビの企画としてドラマ化。 障害とそれを乗り越えることを通して人間が生きることの尊さ、素晴らしさを描いたこの作品は、当時ものすごい反響を呼び、その後2度に渡り再放送もされました。が、それ以降は特別企画だったこともあり、再放送もピタリと止まり、またその後の京本さんが演じる役の強烈さゆえ(笑)、こんな素敵な役を演じられていたことすら忘れられている感もある、まさに知る人ぞ知る、 幻の名作です。
この作品で京本さんが演じられたのは、戸沢ひとみ(国生さゆり)さんのご主人(ドラマ中では婚約者)鈴木伸行氏。
これが本当に、ここまで人は優しく、1人の人を想うことが出来るのか!?というくらい素敵な青年でした。これ以上にいい役(美味しいという意味ではなく、 純粋に誰が見てもいい役(人)だなと思える)を演じられた京本さんを私は知りません(笑)。もし知ってる方がおられましたら是非ご連絡を、というくらいの役柄です。
撮影に当たり、この作品のモデルとなった鈴木伸行さんご本人にも会われた京本さん。これまでと違い実在の方を演じ、なりきるために普段はかけない眼鏡をかけたり、髪を少し短くされたりと、 演技面のみならず、形の面でも一味違った魅力を堪能できます。
突然の事故、半身不随といった重い事態から立ち直っていく過程を描いたドラマにも関わらず、 この作品では、ひとみ・伸行それぞれの 視点から互いを見つめ、思う姿を、静かに時には淡々とさえ言えるタッチで描きます。 とりたててドラマチックな展開、台詞ではなく、あくまでも自然な、時には一度でいいからこんなことを言われて(言って)みたい!と願いそうな深い愛の言葉で綴られるそれぞれの描写が、見るものの 心に染み渡り、静かであるが故、より深い感動を誘います。
特に絶望のあまり「死にたい」と願い続けるひとみの手を そっと握り「一緒に死んでやろうか」と語りかけるシーンや、後半、2人が互いの胸のうちを手紙で綴り合うくだりは、バックに流れる「パッヘルベルのカノン」の 優しい調べも手伝って、もう何度見ても胸を打たれます。
現代劇、時代劇問わず、”京本政樹”という役者は、どんな小さな役でも見るものに強烈な印象を与えずにはいられない存在です。京本さんに限らず、どんな役者さんでもある役を演じる際、必ずどこかに自分なりの色を加え役を膨らませることと思います。 けれども、それを敢えて封印したのがこのドラマであり、「鈴木伸行」という役です。ここでは妖艶・妖しいまでの美しさ・強力な目力といった、京本さんならではの色が全くと言っていいほど見られません。もちろん、当時の若さ溢れる、 どこからどう見ても滲み出る、自然な美しさは、共演の国生さんともども隠し様がないですが(笑)。
恋人の突然の事故に戸惑い、苦しむ伸行。けれど彼女の前では どこまでも優しく、哀しみをじっと堪える姿はあまりに爽やかで。 その自然な声音・口調、抑えた憂いを滲ませながらも穏やかな表情は、ドラマが進み話の内容に引き込まれていくにつれ、ややもするとこれを演じているのが京本さんだということを 忘れそうになるほどです。
しかし、そのことが逆に見るものを惹き付け、京本さん演じる鈴木伸行というその人自身をこれ以上ないくらい、魅力的な人物に見せてくれます。
自分本来の色ではなく、どこまでも「鈴木伸行」という1人の心優しい青年になりきった鈴木=京本さん。
このドラマが見るものに大きな感動を与えたのは、物語そのものの素晴らしさはもちろん、主役2人を演じられた国生さん、京本さんそれぞれの役になりきった、自然な演技によるところが大きかったのではないかと思います。
今では、京本さんといえば超個性派俳優として、特異な役どころを思い浮かべる方も多いでしょう。けれども「役者・京本にはこんな引き出しもある」ということを 知ってもらう意味でも、また改めてこの作品のよさを知ってもらう意味でも、いつかまた再放送などでファンの方にはもちろん、一般の方にも是非ご覧になってほしい作品です。
文:紫苑