1986年9月13日公開の映画(東宝)
スタッフ
監督:成島東一郎
脚本:中村努、成島東一郎
原作:赤江瀑
製作:角川春樹
キャスト
大迫駿介:古尾谷雅人
秋浜ヒロシ:清水健太郎
大迫剛生:京本政樹
大迫明彦:北詰友樹
秋浜泰邦:渡辺裕之
他
解説
京本さんが出演された作品を振り返ってみると、とあることに気づきます。
それは、京本さんて意外とよく役の上でお亡くなりになっているということです(笑)。
スクリーンデビューとなった「雪華葬刺」に始まり「里見八犬伝」「必殺3・裏か表か」「オイディプスの刃」「激突」etc.これにTVの時代劇やサスペンスものを入れるとそれこそ、何度画面の中でお亡くなりなったか、という数です。「吉宗」の天一坊に至っては死ぬためのゲスト主演なんてことも。最近はあまり死ななくなったな、と安心していたら先頃の「高校教師」ではこれまた衝撃的な最期を迎えてしまいました。ここまで来たら、立派な『死に役者』です。ちなみに竜さんの得意技は組紐を使った絞殺でしたが、京本さんが画面で亡くなる時は殆ど刺殺なんですよね。それも綺麗に儚くというのではなく、メッタ刺しや壮絶な死が殆どというからそれもまたすごい。
子供の頃、川谷拓三さんという有名な「死に役者」がおられました。上に挙げた「裏か表か」における同心・清原役で記憶にある方も多いかと思います。この方は市川染五郎(現・松本幸四郎)主演の大河ドラマ「黄金の日々」で、善住坊という主人公の友人役を演じ、信長暗殺を企てたかどで鋸引きの刑に処せられるのですが、その役柄があまりにも視聴者の心を捉え、「善住坊を殺さないで!」という投書がNHKに殺到し、3ヶ月以上彼の処刑が延期されるというエピソードを残しました。当時、家族でこのドラマを見ていた幼い私も、子供心に善住坊の死がとても悲しかったことを憶えています。参考までにその翌年、「草燃える」で当時人気絶頂だった国広富之さんが源義経役を演じた際にも、ファンの助命嘆願書が届きましたが、その数は前年に遠く及ばなかったそうです。
閑話休題
川谷さんが演じる死に役は、善住坊や清原に代表されるように、見るものに「何でこの人が死ななければいけないの。彼だけは殺さないで」と憐憫の情を誘うのに対し、京本さん演ずる役はどうでしょうか?ファンの目から見ても、殺さないでというよりは、こういう人なら死んでも仕方がない、とまでは言わないまでも、決して助命嘆願書が殺到するような死ではありません。それはお2人が持つ雰囲気や風貌、役柄の違いもあるのでしょうが、比較してみると中々面白いものがあります。川谷さんタイプの死に役を演じる京本さん、というのもちょっと見てみたいものです。
さて、様々な死を演じてきた京本さんですが、その中でも私が「これはすごいっ!」と思ったのが今回の作品「オイディプスの刃」です。
この作品は公開当時、映画館で2度ほど(笑 昔の映画館って一度入ったら何度も繰り返し見られたのです。あれ、けっこう好きでした。続けてみると2回目はより映画の内容がよく理解できましたし)見て、色んな意味で衝撃を受け嵌り、原作となった赤江 瀑氏の作品もいくつか読んだりしました。竜に続いてまたも映画の中で亡くなってしまったことも、かなりショックだったのですが、当時はまだ身の回りで人の生き死にをそんなに経験していなかったせいか、真の意味での凄さはわかっていませんでした。が、先日公開以来、実に1?年ぶりに見てそれこそ大声を上げるくらい、京本さん演じる剛生の死のあまりのリアルさに驚き絶句しました。
ここまでリアルに”死”というものを演じきる役者がいたのかと。
もちろん、現在の京本さんはその恐ろしいまでの演技力でもって実にリアルな死を常に我々に見せてくれます。けれど、この映画の時はまだ役者・京本政樹が完成していない時期で。実際、同じ映画の中でもフランスロケのシーンなどでは、失礼ながら演技にまだ幼さが残る部分も見受けられます。
話を戻して、一体どこがそんなに凄いのか順番に見ていきたいと思います。以下、思いっきりネタバレなのでまだこの作品をご覧になっていない方はご注意ください。
この映画の中で、京本さん演じる三兄弟の末っ子・剛生は嫉妬に狂った長兄・明彦に自らが作り上げた香水の瓶で腹部を刺され、瀕死の状態で腹違いの兄である駿介に電話をしてきます。「駿兄ちゃんだね。聞いてくれてるんだね」と受話器を取り上げたのが兄だと信じて、語りかける剛生。この時の消え入りそうな声、これどうやって出したの?というくらい弱々しくて、本当にお腹が痛い時に上手く話せないのがよく出ています。(って単なる腹痛と刺された激痛とでは比べ物になりませんが^^;)
すぐに彼の指定するホテルの部屋へと駆けつけた駿介が見たのは、ベッドに横たわる剛生。ただ眠っているだけと思った駿介に起こされ、剛生は何故兄をここへ呼んだのか、自分がこれまでどうやって生きてきたのか淡々と語り始めます。さぁ、ここからが死に役者・京本政樹の本領発揮です(笑)。
この場面、剛生はもうすぐ迫り来る死期・意識の欠落、と戦いながらなおかつギリギリまで兄に自分の異変を悟られないよう最後の力を振り絞って話すのですが、その何とも微妙な状態を声と表情だけで実に見事に表現してくれます。特にこの三兄弟がバラバラになるきっかけとなる、とある事件の真実を告げるくだり。兄の眼を見つめ「あんたがXXさんを斬ったんだよ」と言った瞬間の表情の美しさ・恐ろしさ!これはちょっと筆舌に尽くしがたいです。
ずっと恐れてきた事実を目の前に突きつけられ、ショックを受けた駿介は我に返り、そこで初めて弟の異変に気づきようやく問いかけるのですが、その時点での彼は既に兄の声は聞こえていません。それを証明するかのように狂気とさえ言える相貌で時には笑みを浮かべ、今日自分がしてきたことを告げる剛生。ドラマの世界では、よく死に行く人が感動的な台詞を述べ皆が泣き崩れる前で首がガクリ、というシーンが見受けられます。実際そういう死ももちろんあります。けれど、本当に人が死に行く時そこまで理性が残っているのは稀です。しかもこの場合、本心では彼は死にたくなかったという無念と決して晴れることのない長兄への恨みを抱いてます。その複雑な心情をこれ以上ないくらい見事に演じ切ったこの場面。そこに京本さんの役者としてのプライド・真髄を見た気がします。
好きな役者さんが、役の上とはいえ亡くなられるのは、ファンとしてやはり悲しいです。
私も出来ればこれ以上リアルな死は見たくない、と思いながらも心のどこかで次は一体どんな死に様を見せてくれるのか? 思いっきり期待してしまうこの矛盾。そんな死すら魅力に変えてしまう、
究極の死に役者(笑)・京本さんに出会えた幸せに感謝しつつ、今後の活躍を見守っていきたいと思います。
文:紫苑
絵:だんな