1988年10月14日〜1989年3月31日までテレビ東京で放送された連続時代劇の最終回2時間スペシャル。
キャスト
六郎太:佐藤浩市
音丸:国広富之
お蝶:萬田久子
松尾芭蕉:中村嘉葎雄
風魔の小平次:京本政樹
河合曽良:西山浩司
水戸光圀:丹波哲郎
解説
この作品は俳諧、松尾芭蕉が、実は公儀の隠密であったのではないか。そんな少々突飛とも思える疑念を基本の 設定に据えた、とても斬新な時代劇でした。
自らの歌の道を追い求め、諸国を巡っていく俳諧・松尾芭蕉と、芭蕉の姿に扮し彼を守護しながら、同時に幕府の命を受け隠密として諸国の不正を正す旅をする、芭蕉の遠縁にあたる伊賀者の忍びが主人公のこの作品ですが、物語の折々に詠まれる芭蕉の句が独特の風情を醸し出し、異色とも言えるつくりになっています。
この作品を見る時、題材の面白さの方に思わず眼が行ってしまいがちですが、佐藤浩市演じる芭蕉の姿に身を窶しながら彼を守る伊賀者・六郎太の、世の中を斜に構えた視線で見据え、自らの使命に常に疑問を感じながらも、棄てきれぬ正義感のまま悪に対し刀を振るう姿は、娯楽時代劇に特有の勧善懲悪という爽快感を与えてくれます。
またその彼の姿とは反対に、矛盾溢れる世に漂い、流されていくような飄々とした松尾芭蕉の、それでいて世の中の悲哀を総て心得ているような寂然とした趣を中村嘉津雄が控えめな演技で熱演しており、なんとも言えぬ味わい深さをこの作品にもたらしています。
時を積み重ね、悟りきった物柔らかな物腰の芭蕉の姿が、若いがゆえに正義に燃え、血気にはやってしまう六郎太の姿が好対照となり、その姿を際立たせ、作品に複雑な深い味わいを付け加えています。
この作品で京本氏が演じたのは、幕府の配下となり庇護を受けている六郎太の属する伊賀に敵対し、また幕府に牙向く風魔一族の首領の末弟・小平次の役でした。
風魔一族は彼等一族の台頭を悲願とし、六郎太らに相対する敵役として初回、中盤、終幕と姿を現します。京本氏演じる小平次は物語の最後でもある終幕に姿を現します。
六郎太ら公儀隠密に長兄と次兄とを葬り去られている小平次は松尾芭蕉一統を亡き兄等の仇として恨み、その命を狙いながら、同時に風魔の台頭という悲願を叶えようと様々な手段を弄します。時に姑息な手段を弄してすら芭蕉一統を葬り去ろうとする小平次の姿には、既に敗北者側であるがゆえ悲哀すら感じられます。 その小平次の姿を京本氏が憎らしくさえ思えるほど偽悪的な演技で熱演しています。
彼が演じる小平次が浮かべる悪意を潜めた意味ありげな微笑は、思わず背筋がゾクリとする程に恐ろしく、そしてそれだけにとても魅力的です。この微笑だけでも、彼のファンであれば一見の価値があるように思えるほどです。
勿論、芭蕉の言葉に思わず心揺らいでしまう小平次の姿や、六郎太と剣を交える彼の流麗な殺陣もまた、彼のファンとしては見逃せない場面ではないかと思います。
最初旅の商人の姿に身を窶して姿を現した小平次ですが、その後は一変して高く結い上げた若衆髷、黒い皮の袖な しの上衣と、彼なればこそ着こなせる個性的な忍びの装束も、この作品での京本氏の見所の一つではないでしょうか。
文:水無月涼音
絵:だんな