1985年1月4日の21:00〜22:48に、必殺シリーズのスペシャル版として朝日系列で放送。
TVシリーズでの竜と政初登場。
キャスト
中村主水:藤田まこと
何でも屋の加代:鮎川いずみ
組紐屋の竜:京本政樹
花屋の政:村上弘明
西順之助:ひかる一平
筆頭同心田中:山内としお
せん:菅井きん りつ:白木万理
玉助:梅津栄
おりく:山田五十鈴
お鹿:水前寺清子 お松:樹木希林
勘太:火野正平 仁助:小松方正
次郎衛門:西郷輝彦
グッド・コントロール:坂東英二
あらすじ
天保十四年(1843年)暮れの下総海上郡清郷。
そこでは新興ヤクザの笹川繁蔵と目明し兼業古手ヤクザの飯岡助五郎とが勢力争いに明け暮れていた。関八州取締出役桑山盛助も賄賂で抱きこまれており、民百姓は何をされようと泣き寝入りしかできない無法地帯と化していた。
そんな中で百姓のお松はヤクザ同士の抗争に巻き込まれ、母を殺される。自力での復讐など到底叶わず、訴え出るお上も頼りにならないことから、お松は仕事人に頼むために娘のお鹿を連れ、途中一緒になったおりくとともに江戸に向かう。
江戸についたお松は偶然江戸に出たまま行方知れずになっていた夫仁助と息子勘太に出会う。仕事人を頼むにもその頼み料も持っていないお松達は一計を案じ、百両を手に入れる。一度はそれで仕事人を頼もうとしたのだが、同郷の次郎衛門に説得され、その金子を元手にどこか田舎でもう一度家族四人、それにお鹿と恋仲の次郎衛門とで百姓をすることを決意する。だが、そこへ下総からお松達を追ってきたヤクザ達に襲われ、お松、仁助、勘太は捕われ、お鹿はとめてあった舟へ逃れる。だがその舟も火をかけられ、見る見るうちに火に包まれた。
その様子を見ていた加代が順之助に主水を呼びにいかせるが、主水が着く前にお松達三人は殺されてしまう。お松の懐にあった百両を頼み料として、主水、加代、順之助、おりく、そして組むのは今回限りだと一線をひく新顔の竜と政、加えて復讐に燃える次郎衛門らが立ち上がる。
天保十五年一月六日、主水たち一行は一艘の船に乗り月夜の利根川を下総へ向けて下っていた。すると、いきなり月が翳り始め、瞬く間に完全に隠れてしまう。闇の中を舟が進んだ先は見たこともない砂漠の地。その川岸へたどりついた主水たちを取り巻いたのは馬に乗ったインディアン達だった。
主水たちは時と空間を超え、三十二年後のメリケンへ来てしまったのだった。そこで同じく時空を超えてメリケンに辿り着き、スウ族酋長の妻になっていたお鹿に出会う。折りしもスウ族は聖地ブラックヒルズに発見された金鉱を巡って政府軍との争いの真っ只中。騎兵隊の襲撃は激烈を極め、お鹿も殺されてしまう。
ここが三十余年後のメリケンであるらしいことはわかったものの、どうしてこうなったのか、江戸へ帰れるのか、確かなことは何もわからない。それでも仕事人たちは自分達のやるべきことと、お鹿の娘お弓の懇願に応じ、ここでも仕事を引き受けるべく立ち上がったのだった。
みどころ
この作品にはとても必殺らしい二つの要素がたっぷり盛り込まれていると思います。
ひとつは何も悪くない弱者が問答無用に殺される後味の悪さ。今も昔も現実はとても甘くないもので、いざというときに駆けつけてくれる正義の味方は普通現れません。弱い者は徹底的に弱く、あがいても何もできず、小さな幸せを掴むことすら許されず、ただ強者をきどっている悪いやつに消されてしまう。基本的に必殺はどれもそうですが、この作品にはそれが嫌になるほど克明に描かれています。
独特な下総言葉や、樹木希林さんや火野正平さん達の個性的な演技が純朴な田舎の百姓一家そのもので、ゆえにお松一家が殺されていく過程は見ていて思わず目を背けたくなるような、どうにもならないやるせなさが残ります。だからこそ、仕事人たちが仕事を請け負うときの表情が印象的なのです。決して頼み人を救うことはできない彼らの、砂をかみ締めるような苦さ、理不尽さを許さない決意、なのに私情ではない、あくまで仕事と割り切るクールさ、そういったものが混ざり合っていて胸を衝かれます。
もうひとつは、ありえないシチュエーションもあまり深く考えず「有り」にしてしまう、荒唐無稽なはちゃめちゃさ。いきなり未来の異国にタイムスリップしてしまうなど、時代劇の枠を超えた展開に痛快さすら覚えます。事実上の第一話であるこのスペシャル版が、これから始まる必殺仕事人Vのテイストを伺わせるための前振りであるかのようです。
その中で京本さんが演じるのは裏の顔を持ちながらも、日本橋で組紐屋を営む端正な青年、竜。
初登場のその瞬間、きっと誰もが息を呑むことでしょう。透けるような白い肌、理知的な光を宿す切れ長の瞳、すっと通った鼻梁、シャープな印象の中でそこだけ淡い色彩で温度を感じさせるふっくらとした薄桜色の唇。天才人形師が丹精こめて彫り上げた最高傑作と言っても過言ではありません。当時田舎の女子中学生だった私はまさしく金縛りにあいました!
その肌の白さを際立たせるような浅葱色の着流しに朱色の襷をかけた涼やかな姿にまず目を奪われるのはもちろん、台詞は一言もないものの、すっと空を睨み付ける鋭い眼差しには只者ではない静かな迫力に満ちていて気圧されます。
無言のまままるで生き物のように糸玉を操ったり、月夜の舟上で組紐を確認するように湖面を見つめながら紐を引き絞ったりと必要最小限の動作ながら隙のない、凛とした空気を纏い、ひとたび仕事となると颯爽と白馬を乗りこなし、崖上から自分より大柄の男を苦もなく吊り上げ、屋根の上を闊歩しと、実に軽やかに大技を披露してくれます。
回を重ねるごとにその白皙の美貌に凄みのある艶や妖艶さといったものが増していくのですが、この頃はまだ可愛いといってもいいような初々しさが強く、清楚な人形のような美しさです。
また、前シリーズの勇次・秀コンビに代わり新たに登場となった竜と政ですが、主水たちと組む前から組んでいた設定のせいか、これまでよりも相棒色が強いのも今回の特色であるような気がしました。
この作品を見終えたとき、クールでニヒルで物静かで、腕と人柄に底知れぬ魅力を覗かせる竜にきっと惹きこまれていることと思います。
文:さくら