俳優・シンガーソングライター京本政樹ファンサイト

NHK「男たちの旅路・第4話『車輪の一歩』」

ご存知、京本さんの公式デビュー作品。

障害者について扱ったドラマとして未だに高い評価を受けているこの作品は、70年代に絶大な人気を誇った山田太一氏の土曜ドラマシリーズ『男たちの旅路』 第四部の最終話として作成されました。 初放映の79年から何度も再放送され、2003年秋にNHKBS-2思い出の館でも再放送されたため ご覧になった方も多いかと思います。
京本さんが演じた役で好きなものは、言わずと知れた組紐屋の竜や名張の翔、黒崎、南両医師(笑)など 色々ありますが、京本さんの出演有無の前に内容の良さで個人的にとても好きな作品です。

まずこの作品最大の見所は、何と言ってもデビュー間もない初々しいノーメイクの京本さんが拝めるということに 尽きますが(笑)、それ以前に驚かされるのが共演者の豪華さです。
シリーズ主役である吉岡指令補役の鶴田浩ニをはじめ、第四部のキーマンである警備士兄妹役に清水健太郎と岸本加世子、その同僚に柴 俊夫。 ちなみに第三部までは尾島兄妹にあたる役は水谷 豊と桃井かおりでした。これもすごいです。 そして今回のゲスト主役である車椅子の青年達にやはりデビュー直後の古尾谷雅人、斉藤洋介etc.彼らと関わりを持つ車椅子の少女に斉藤とも子、その母に赤木春恵 と今では信じられないくらい殆ど嘘のような充実ぶりです。
そんな芸達者な方々に混じり、何とも可憐に熱く奮闘する京本さん。

ドラマは6人の車椅子の青年達が109の前でたむろしているシーンから始まります。どこか拗ねたような顔で黙り込む一団の中、 赤いトレーナー姿の京本さんの少女と見まごうかの如き可憐さにまず目を 奪われます(笑)。当時20歳になったばかりの京本さん。色の白さと肌の美しさは変わりませんが、頬のあたりがちょっぴりふっくらとしてい るところにまだ少年の面影が色濃く残っているのが、とてもいい感じです。
この青年達、皆一様に淡い色や黒・グレーなどの地味な服装をしているのですが、 京本さんだけ3回も衣装替えしてるんですよね。足が不自由なため作業着以外は、下は常にジーンズですが、上は赤のトレーナーと紺のボーダーと黒Tシャツに白のシャツをはおった姿の3パターン。 古尾谷さんなんて一度も替わっていないのに。あまりの可愛さに、つい色々着せてみたくなったのでしょうか(笑)。 個人的には紺のボーダー姿がいちばんお気に入りです。

この作品で京本さんが演じるのは藤田繁男という足に障害を持ち、仕事も住む家もなくした いわばかなり追い詰められた状況にある青年です。それを現すかのように、1人で壁際にじっと座っている時は 俯き加減で目を伏せたちょっと暗めの表情が目立ちます。 けれども、根は明るいちょっと熱血漢な青年らしく、話に熱が入ったり文通相手である良子を訪ねて行くシーンなどでは、 生き生きとした時には眩しいまでの笑顔を見せてくれます。

物語は彼と同じ障害者で家から一歩も出られないという前原良子との交流を中心に、 もう1人の主役でもある障害者仲間の川島の視点をも交えて展開していきます。 川島さんが車椅子というものをネガティブなものと捉え、どこか拗ねた目で世間を眺めているのに対し、藤田クンは同じような感情を抱きつつも 常に前向きです。川島の目を通して語られる、障害者の日常に胸がつぶれそうになる一方で、藤田の あどけない少年のような、けれども一本芯の通った表情・言動にどこか励まされる。そんな不思議な感覚を憶えながらいつのまにかこの2人から目が離せなくなる。 この役に京本さんと斉藤さんを選んだNHKのスタッフの目の確かさには正直、恐れ入りました。 特に川島が母親にト〇コに行きたい、と頼むくだりは、涙なくしては見られない、私達に障害者が 向き合わさせられている現実をこれ以上ないくらい的確に突きつけてくる名シーンです。

このドラマでは、台詞の良さはもちろん出演者の何気ない表情が、それぞれ本当に豊かで それが何度見ても飽きない理由のひとつかもしれません。
例えば、尾島警備士から話を聞き、彼らに興味を持った吉岡とともに中華料理屋で卓を囲むシーン。
ビールを1口含んだ瞬間の鶴田さんの表情に注目です。苦さと旨さを噛み締めているのか、決して嬉しそうではないけれど苦りきった、のとも違う独特な表情。上手く言えないのですが、 人生の酸いも甘いも知り尽くし、ビールの本当の美味しさ・苦さを知っている紛れもない中年の男の顔とでも言うのでしょうか。そういえば最近、こういう 顔をしてビールを飲む人が少なくなった気がします。それは、それだけ人々の暮らしが豊かになったという ことの現れなのかもしれません。

と、話が横道にそれましたが。京本さんも本当に色んな表情をこの作品では見せてくれます。
その豊富さはまさに表情役者・京本政樹の原点ここにあり!といった感じでしょうか(笑)。
拗ねた顔や今にも泣き出しそうな困った顔、様々な笑顔、果ては布団の中で天井を見つめている恐ろしく美しい横顔(笑)etc.どれも魅力的なのですが、中でもお気に入りはこれ。

皆で良子を連れ出したときに起きた事件がきっかけで、藤田は良子からもう来ないでくれと言い渡されます。 家に行っても追い返され、何とか力になりたいと思った尾島は妹を行かせるのですが、それが逆に 「あなたみたいなお友達がいるのなら、私なんかと付き合うことないじゃない」と彼女を怒らせることに。 それを聞いた尾島は自分がけしかけたことを棚に上げ「ほれ見たことか」と信子をなじります。その場を 鮫島が収めようとするのですが、信子が鮫島に好意を持っていることに日頃から不満を抱いている尾島が 鮫島に食って掛かり、見かねた川島が「今はそんなこと言ってる場合じゃ」とたしなめるシーン。
この時の京本さんもとい藤田くん、言い合う3人をちょっと心配そうに目玉をキョロキョロさせて見ているのですが、それがもう たまらなく可愛い!!「まいったな、そういうことじゃないのに」と思いながらもどこか この状況を楽しんでいる感じで。その横に座る阿川クンが「あちゃー」と口だけで言ってるのと相俟ってすごく好きです。 それ以外にも良子の家の階段を背中にクッションをあてながら這い上がる時の必死な表情(笑)とか、鮫島さんや良子に熱弁ふるうシーンなど とにかく見どころ満載で、とてもこのスペースに書ききれません(苦笑)。
あ、上にあげたバー・流氷で川島が藤田に「藤田が(良子のことを)美人だなんて言うから」と からかわれ、「言わないよ」とムキなる藤田クンの表情と口調の愛くるしさも外せないことを付け加えておきます。

魅惑の振り向きも、きちんと型にはまった所作や独特の台詞回しも全くない、とても素直な表情と綺麗な話し方で一生懸命のびのびと役を演じる京本青年。 見方によってはまだまだ荒削りな部分も沢山あるのですが、でもそれが逆に藤田が持つ純粋さに上手く嵌り、本当に爽やかで気持ちよく、見るたび愛しく彼のことを応援したく なってしまいます。
そして、そんな彼の表情や仕草・台詞回しなど、ふとしたところに今日の京本さんの姿も垣間見えたりもして、色んな意味でこの作品が 原点だったのだなとしみじみ思います。また、このドラマで共演された方々とは不思議と縁があるようで、その後も何度か共演なさっている方が 多いのにも密かに驚かされます。それにしても、この役の為に練習した車椅子の扱い方が、数年後実生活で役立つ日が来るとは・・。流石に京本さんご本人も夢にも思わなかったことでしょう(笑)。

最後にこの作品が作られたのは1979年。オイルショックから立ち直り、次に来るべきバブルへの階段を少しずつ上り始めた一方で「家族の団欒」という言葉が辛うじて残っていたそんな時代。
時折映る風景や人々の様子が、当時の面影を伝えていてとても懐かしいです。
このドラマで描かれているように、一般人にとって車椅子の世界は本当に未知なもので、初めてこのドラマを見たとき 深い感動を憶えると同時に、今まで知らなかった彼らが抱えていた問題・苦労の大きさに子供心にショックを受けました。
それから四半世紀近くの歳月が流れ、国や各地の自治体ではバリアフリーが叫ばれ、 地下道や階段にはスロープが、駅や公共施設などには車椅子専用のエレベーターが設置されるようになりました。 けれども、現在周囲を見渡してみて、私達があの頃より車椅子の方が身近になったか、と問われれば正直首を傾げざるを得ません。

『どなたか、あたしを上まであげてください』

彼女の真摯な呼びかけに黙って応じてくれる人は、今どれくらいいるのでしょうか?
この話を見返すたび、そう問いかけずにはいられません。どんどん便利になる暮らしと引換えに、 私達は何かもっと大切なことを失くしてしまっているのかもしれません。

文:紫苑

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