俳優・シンガーソングライター京本政樹ファンサイト

映画「流線の彼方」トークショー

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お台場シネマメディアージュで、スーパーカーを主題としたドキュメント映画「流線の彼方 THE TOYOTA 2000GT DOCUMENTARY 1965-1970」が公開され、その前に京本さんがトークショーに出演されました。

100人~200人弱くらいのかなり小さめの会場でちょっと驚き。トークショーはというと、ステージがなくて、スクリーンと客席の間にポンと椅子が置いてあることに更に驚きです。

 

ち、近っ。。。

 

映画の前にトークショーが行われ、ノスヒロ(ノスタルジックヒーロー)編集部の辻さんによる紹介で、京本政樹さん、元レーサーの見崎清志さんが登場。もうお一方予定にあった方は都合により欠席とのことでした。

椅子に座って2、30分トークがあったので、かなりボリュームのある内容の対談がされていました。
京本さんと2000GTの出逢いは、元はといえば小学生の頃、ジャガーEタイプ(ファンの間ではもう有名な話だね♪)を見かけたことから始まるという。しかしその頃は、ミニカーを「集める」ことすらとんでもなくて、ほしい一台をお父さんに買ってもらって大事にしていた。京本さんが思う2000GTの好きなところは、「車体のセクシーな流線美とエンジン音」だということです。最近、エコブームで、もちろん、社会的にはエコは素晴らしいことなんだけど、プ○ウス(書いていいんだろうか/笑)にはあのエンジン音の快感はない、と。

この時の、京本さんのエンジン音の再現がやたら上手いことに私は感心しました(笑)

京本さんが子供の頃、見崎さんは既にレーサーとして活躍されていて、辻さんが「京本さん、見崎さんに何かききたいことはありますか?」と質問するも、「すいません、、さっき興奮して楽屋で色々質問しまくっちゃいました(笑)」と笑ってらっしゃいました。
確かに、トークショー中も、見崎さんのお話を聴く度に大きく頷いたり、更に質問をしたりされてました。しかし、途中でエンジン漏れか何かで車を裸足で押していったという見崎さんの話はすごかったです。。。
見崎さんは「ヘアピン・サーカス」という車の映画に20代の頃主演されているらしく、「俳優としても先輩なんですよ♪」と京本さん。

それから「余談ですけど、何でレーサーの方って皆さんかっこいい名前なんですかね?「見崎」もそうですし」
って仰ってましたが、「京本」だって相当かっこいい苗字だと思うけどなあ、、と思いながら聴いてました。京本さんは自分の名前だからそんなにかっこいいと思ってないのかなぁ。私は「京本政樹」って字面を見ただけで相当テンション上がりますが。

最後、「この映画を観る人に一言」と言われて、

「40年も前の車が、今こうして映画になっていることはすごい。同じように、40年後もこういうことが行われたら素晴らしいですね」

「是非この映画を見たら、2000GTの素晴らしさを、ご近所の方とか、ブログとかで伝えていってほしい。今、政治の世界も悪い状況になっているし、F1も撤退という寂しい(見崎さんも「情けない!」と同意)状況になっているけど、そうやって伝えられていくうちに、またF1に戻りたい!という感じになったらいいことだと思いますね」

みたいなことを仰ってました。
トークショーが終わると、京本さんも後ろのほうで映画を観てらっしゃったみたいです。

 

映画本編は、60年代の2000GT誕生から活躍の軌跡を、関係者たちのインタビューを中心に描いたもの。
ノスタルジック2Daysでは、只管車の美しさに感動したものでしたが、この映画では、それらの車が開発され、製造され、そして何度もテストしては失敗し、成功して世界に通用するまでの過程を事細かに描いています。
車の整備工場の図なんかはたまに見た事がありますけど、それより更に前というのは見た事がない。。
2000GTのあの形を作るには、なんと木の枠に粘土を固めて形を作るところから始まっているという。幅や高さに制限があるので、大きなエンジンを取り付けるのも一苦労だったとか。
また、テスト走行でも苦労が耐えなかったよう。エンジンが漏れたりして、よく火を噴かなかったな、、みたいな状況にもなったことがあったり。
また、元祖F1?日本グランプリの映像がいくつも流れましたが、白黒映像っていうのもすごいですけど、何せ40年も前だから、どえらいシンプルなんですよ(笑)
旗振ってるおじさんが一人と、数台の車、運転手が猛ダッシュで走って乗り込むところなどがホントシンプルでした。それでも観客は10万人だったとか!?(え、そんなに入る場所あるの!?)

あ、トークショーで京本さんが言ってたけど、今は特撮だったりアイドルだったりお笑いだったり何やかんやあるけど、あの当時はホントに「スーパーカー」の時代だったんだ!と力説されてました。
それも、日本グランプリの観客の数きいたらわかるなぁ。。あの頃っていうと、初めてテレビを見た人たちみたいな感覚でしょ。

あと、「富士24時間」だっけな。ル・マンみたいなやつですよね。で、ル・マンは照明あるけど、富士24時間、照明が一切ないんですよ。真っ暗闇の中走行です。非常に危険です。あと雨が降ってたりね。今は色んな環境整ってるけど、昔のレーサーはホントの意味で命がけだなぁ。。。

あとは2000GTをボンドカーにしたいと、こっちから売り込みにいったという話も面白かったです。その時既にカマロとかいう車に決まりかけてたんだけど、ボンドカーとしては、後ろから追跡した映像が撮りたいから、ホントはオープンカーが欲しいんだと。それであの2000GTオープンカータイプができたんですね。

外国の2000GTオーナーの方もインタビューに答えていて、やはり、エンジンがいいとか、流線美がエレガントだとか、最後は「官能的」だと言っていました。そっかぁ、、、車好きな人からするとあの車の美しさはそこまでのレベルにいっちゃうのね?

しかし、ボンドカーなんかにしてもそうですが、あの60年代という時代に、日本が世界に通用する車を生み出したというのは確かにすごいことだと思います。去年、京本さんもSpeakにたくさん書いてたけどね。映画を観て改めてすごいことだよなと思いました。

そうそう、映画の途中、昔の映像だけじゃなくて、ノスタルジック2daysの映像が映って、その度、京本さん所有のあの赤の2000GT(というよりあのナンバープレート/笑)が映る度にめっちゃ反応した私です。あと、2000GTオーナーズクラブの走行会?(っていうのかな?)での映像もすごく楽しそうだったなー。映画の中で、京本さんが笑顔でピースするところが数回出てきて可愛かったです(笑)

終わりのほうになって、京本さんのインタビューが流れるんだけど、、、スクリーンいっぱいに顔で心臓が止まるかと思いました。

そういや今目の前にいる京本さんは、、、2日前に51歳になった人だっけ。。。と、我に帰って恐ろしくなりました。やっぱ若いなあ。。。

京本さんは、いつもの黒いハットに茶色のフレームのメガネ(風サングラスなのかな?)をかけ、白のVネックにグレーのジップアップパーカー、去年のノスヒロでも着てた黒のロングジャケットを着てました。下はダメージジーンズを茶色のブーツにインでめっちゃかっこよかった!!あと右腕にお馴染みの超キラキラした時計と、左腕は黒のビーズっぽいブレスレットをしていて、珍しいなぁと思いました。

京本さんが入ってきたとき、、メガネ!メガネ!と叫びそうになった私です。めっちゃ綺麗だった。。。

そうそう、映画の音楽が全部60年代風なんで、ベンチャーズのダイヤモンドヘッドとコード進行が全く同じ曲とかが流れてました(笑)
エンディングテーマが頭から離れません。

 

あ、そうそう!
今後の予定は?ときかれて
「時代劇の撮影が控えてます」
って仰ってましたよ!!!あと都バスの宣伝もしてました(笑)

 

Reported by : 竜歌

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